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東京地方裁判所 平成8年(モ)318号 決定

申立人(被告) 伊夫伎一雄

若井恒雄

岸曉

右三名代理人弁護士 浦野雄幸

土屋公献

高谷進

小林哲也

小林理英子

加戸茂樹

千田賢

被申立人(原告) 鈴木あきらこと 鈴木斐

主文

被申立人(原告)は、申立人(被告)らのために、平成七年(ワ)第二三一四〇号損害賠償請求事件(株主代表訴訟)の訴え提起の共同の担保として、この決定の確定した日から一四日以内に、三〇〇〇万円を供託せよ。

理由

第一申立て

被申立人(原告)は、申立人(被告)らに対し、平成七年(ワ)第二三一四〇号損害賠償請求事件の訴え提起について相当の担保を提供せよ。

第二事案の概要

一  本件本案訴訟は、株式会社東京三菱銀行の株主である被申立人(原告)が、合併前の株式会社三菱銀行の取締役(会長、頭取、副頭取)であった申立人(被告)らに対し、その責任を追及する株主代表訴訟である。

請求の趣旨及び原因は、別紙「訴状」≪省略≫記載のとおりであり、請求の原因の骨子は、「株式会社三菱銀行(株式会社東京銀行との合併により現在は株式会社東京三菱銀行となっている。)は、赤井電機株式会社がセミテック・グループに買収された際、赤井電機に対する貸出債権のうち九五億円を放棄した。三菱銀行には、赤井電機の実質的経営破綻状態に対する道義的責任はあるものの、法的な経営上の責任はないし、三菱銀行とセミテック・グループとの間にも貸出債権を放棄できる経営上の法的会社関係は全くない。したがって、当時三菱銀行の取締役であった申立人(被告)らは、正当な理由なく貸出債権のうち九五億円を故意に放棄して三菱銀行に同額の損害を与えたものであり、これは商法二五四条の三(忠実義務違反)、四八六条(特別背任罪)、二九四条の二(株主への利益供与禁止)等の法令に違反する。」というものである。

二  申立人(被告)らの主張の要旨

1  被申立人(原告)の本訴請求は、十分な事実的、法律的根拠を有せず、申立人(被告)らの責任が認められる可能性は低く、かつ、通常人であれば容易にこのことを知り得たものと判断できる。

被申立人(原告)の本訴請求は、三菱銀行が赤井電機に対して有していた九五億円の債権を放棄したとの事実主張に基づき、同額の損害賠償を求めるものであるが、被申立人(原告)の主張するところの債権放棄が申立人(被告)らの取締役としての忠実義務に違反する、あるいは特別背任罪に該当する、若しくは株主への利益供与の禁止に違反することの根拠としては、「正当な理由なく」、「故意に」、「貸出債権を合法的に放棄できる経営上の法的な関係は、全く存在していない」、「『のし料』九五億円は、民主化の今、天下の“三菱”であろうとも御法度の時代である。」等と述べるだけで、具体的根拠を何ら示していない。また、申立人(被告)らの責任についても、「その経営下において」、「配下の取締役らと共謀のうえ」、「『まま殿』は責任のがれから」、「申立人(被告)らの経営責任下で」、「社会的にも信用・信頼・正義を重んずべく責務を負う大都市銀行の現役の会長・頭取・副頭取らである。」と述べるのみで、具体的な申立人(被告)らの行為については何らの主張もない。被申立人(原告)の本訴請求は、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り、請求が認容される可能性は全くない。そして、被申立人(原告)の本訴請求が認容される可能性がないことは、被申立人(原告)の主張事実自体から導かれるものであり、右可能性がないことについては、被申立人(原告)に認識があるというべきであり、少なくとも通常人であれば容易にそのことを知り得たものである。

したがって、被申立人(原告)に、本訴提起について商法二六七条六項、一〇六条二項にいう「悪意」が存在することは明らかである。

2  被申立人(原告)の本訴提起の目的は、職業的特殊株主(いわゆる「総会屋」)の示威活動であって、株主としての正当な権利行使の目的に基づくものではない。

被申立人(原告)は、遅くとも昭和五九年以降、職業的特殊株主として活動を再開・展開し、上場企業各社の株主総会に出席しては、不規則発言、動議の提出、議案修正案、長時間にわたる質問等を繰り返してきた。被申立人(原告)が一般株主と異なる職業的特殊株主であることは、被申立人(原告)が出席した株主総会の数が昭和五九年には少なくとも七社、昭和六〇年・同六三年には各五社、平成元年には四社に及び、コンスタントに数社の株主総会に出席していることからも明らかである。被申立人(原告)は、金融機関(銀行)の株主総会にも、昭和六二年から平成三年まで住友銀行の株主総会に五年連続で出席し、不当な議案修正案を提出したり、不当な発言を繰り返したほか、東海銀行の株主総会に平成四年、同五年と二年連続で出席し、議長の発言にしきりに野次を飛ばしたり、一人で二〇項目に及ぶ質問をしたり(その中には、議案と直接の関連性のない質問も多数含まれている。)、質問において個人を誹謗・侮辱する発言をするなどの行為を続けた。平成六年には富士銀行の株主総会に出席し、平成七年には三菱銀行の株主総会に出席し、二時間もの長きにわたって議場を独占した。東海銀行の株主総会において、被申立人(原告)は、「株主代表訴訟を提起する」と明言し、被申立人(原告)の提起する株主代表訴訟が自己の職業的特殊株主(総会屋)の株主総会活動の一環であることを予告したりもしている。また、自ら一五〇ないし一六〇社相当の上場企業の株式を、いずれも一社について一〇〇〇株ずつ保有し、その保有の目的が株主総会に出席することにあることを自認している。

被申立人(原告)は、株主総会での活動のみならず、少なくとも昭和五七年までは、「鈴木あきら」又は「富吉共士」の名前で、「天報レポート」、「論闘ニュース」、「天の声、人の声」、「天報タイムズ」、「天民教新聞」等の新聞・業界雑誌を発行し、各企業から購読料名目で金員を受領していた。

さらに、被申立人(原告)がこれまでに提起した会社関係訴訟は七件を数えるが、いずれも敗訴又は取下げ、あるいは担保の提供をしないために却下という結果に終わっており、その間真摯な訴訟追行が行われたことはない。被申立人(原告)にとっては、会社関係訴訟を提起することに意義があり、その結果については重要視していないと考えられる。被申立人(原告)自身、第二次東海銀行株主代表訴訟の担保提供申立事件の審尋において、自ら提起した代表訴訟の目的は、損害の回復ではなく、不当な経営姿勢を問うことであると明言している。

被申立人(原告)は、平成三年に東海銀行と三和信用金庫とが合併する際に、東海銀行に対し、自己の有する株式の高値での買い取りを請求し、それが断られるや翌年の東海銀行の株主総会に出席し、不規則発言や動議の提出を繰り返すようになった。また、被申立人(原告)は、三菱銀行に対しても、東京銀行との合併に際し、時価一株あたり一八二〇円が相当であるにもかかわらず、一株あたり三一五〇円という高値での買い取りを請求し、それが容れられないと見るや、買取請求を取り消して、「今後『永久株主』の立場から経営の改善に努力したい」と通知し、本件代表訴訟を提起した。

このように、被申立人(原告)の本訴請求は、職業的特殊株主による代表訴訟という極めて特殊な形態による代表訴訟であり、その目的は正当な株主権の行使と全く相容れないものである。本件のような場合に目的の不当性のみで担保提供を命じられないとすれば、今後職業的特殊株主による株主代表訴訟が頻発し、商法改正の趣旨とは全く異なる手段として代表訴訟が活用されることになりかねない。

3  被申立人(原告)の本訴提起により、申立人(被告)らは、弁護士に訴訟の追行を依頼せざるを得ず、弁護士費用、訴訟追行のための調査費、記録謄写費、通信費等の多額の費用の出費を余儀なくされた。また、申立人(被告)らは、被申立人(原告)の不当な本訴提起により、多大の精神的苦痛を受けた。したがって、被申立人(原告)の本訴提起による申立人(被告)らの損害は甚大であり、申立人(被告)一人当たり本訴請求額の一パーセントである九五〇〇万円を下らない。よって、被申立人(原告)に対し、申立人(被告)ら一名につき、少なくとも九五〇〇万円の担保提供が命じられるべきである。

三  被申立人(原告)の主張の要旨

1  本件本案訴訟において被申立人(原告)が主張するのは、申立人(被告)らが三菱銀行の最高経営者の責任下において同行の貸出債権を不法に放棄したことによって九五億円の損害を与えたというものであるが、右事実は、同銀行の決算上も計上されている事実であるから、商法二六七条五項、一〇六条二項にいう「悪意」に抵触するものではない。むしろ、本件本案訴訟は、会社の最高代表取締役として守るべき善管注意義務・忠実義務及び特別背任罪等に著しく違反するものであるから、まさに株主代表訴訟制度をもって争うべき典型的な事件である。

2  被申立人(原告)の正業は、各裁判所下の不動産業及び証券投資業であり、決して総会屋ではない。被申立人(原告)は、過去にも現在にも自ら総会屋を誇示したことも公言・宣伝したことも全くなく、他の総会屋グループに所属したこともない。確かに、被申立人(原告)は、現在各上場企業の株式を百数十社所有しているが、その目的はあくまでも投資と趣味を兼ねたものである。このため時折株主総会に出席し積極的に発言・質問することもある。またその他の法的な株主権の行使も若干行っている。しかし、こうした権利行使の目的は「株主正義」による「問題改善」の一環であって、決して「不正な利益」を目的とするものではない。被申立人(原告)は、各株主総会での質問・発言その他の権利行使等において、違法行為をしたことは一度もなく、議長から退場命令を受けたこともない。質問・発言の内容は総て議案に関連する正当なものばかりであり、株主無視の議長の議事進行に対する抗議・批判等の行動はあっても、不当・違法な誹謗・中傷をした事実は全くない。被申立人(原告)の権利行使はすべて正当かつ合法の範囲内に徹している。総会屋等を非難する資格のない三菱銀行の申立人(被告)らが一方的な独断と偏見・差別意識を持って被申立人(原告)を総会屋と断定し、「悪意の訴訟」を申し立てることは、まさに悪意に満ちた悪質な主権の濫用そのものである。こうした法の悪用濫用は、被申立人(原告)の正当な裁判権を実質的に奪うと同時に折角改善された代表訴訟制度の趣旨にも著しく反する反社会的行為そのものと言わざるを得ない。被申立人(原告)は過去、会社関係の訴訟を数件起こしているが、その理由は、いずれも社会正義や株主正義に照らして当然株主として裁判で争うべき不当・不正行為の事実が会社側にあると確信するに至ったからである。裁判上の結果において棄却・却下されているが、その主たる原因は、提訴内容よりもむしろ被申立人(原告)の訴え方が「本人訴訟」である所に問題があるものと思われる。我が国の裁判当局は、本人訴訟に対して門戸を民主的に開放していない。

第三当裁判所の判断

一  株主代表訴訟において、担保提供の制度が認められている趣旨は、株主代表訴訟の提起が不当訴訟を構成する可能性が高い場合に、取締役・監査役が応訴を余儀なくされることによって被る諸々の経済的・精神的損害を填補するための担保を確保し、あわせていわゆる会社荒らしに対処し代表訴訟の濫用を抑制することにある。このような担保提供制度の趣旨に照らすと、請求原因の重要な部分に主張自体失当な点があり、主張を大幅に補充又は変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合等、株主の主張に十分な事実的、法律的根拠を有しない事情のあることを認識しつつ、あえて訴えを提起したものと認められるときは、「悪意」に基づく提訴として担保提供を命ずることができると解すべきであるとともに、代表訴訟の提起を手段として正当な株主権の行使とは相容れない不法不当な利益を得る目的があると認められる場合にも「悪意」があるとすべきである。また、それだけでは右不法不当な目的があるとまでは言えない動機・目的や株主としての行動等であっても、請求の根拠の薄弱さとあいまって「悪意」を推認させる要素となることはありうる。

二  一件記録及び審尋の結果によると、被申立人(原告)は、本件債権放棄が取締役としての善管注意義務・忠実義務違反や商法四八六条違反になるとする根拠として、三菱銀行に赤井電機の経営破綻に対する法的な責任はなく、同行とセミテック・グループとの間にも、債権放棄を正当化できる法的な関係がない旨抽象的に主張するだけで、それ以上に申立人(被告)らの責任を基礎づける具体的な事実を主張しないし、また、被告らの責任は右主張自体で明らかで特段の立証をする必要は認めないとしている。

しかしながら、一件記録によれば、三菱銀行は赤井電機グループに対し、合計一六二億円の融資をしていたが、そのうち一四二億円は大蔵省検査において将来回収不能に陥る懸念のある貸出として分類された潜在的な不良債権であったところ、三菱銀行は、いわゆるメインバンクとして、赤井電機の再建に引き続き当たる場合には莫大な資金を無担保で更に貸し付ける必要があり、清算するとしても重い負担を負わざるを得ない立場にあったことが認められる。このことを踏まえ、三菱銀行は、右融資のうち九五億円の債権放棄をしてでもセミテック・グループに赤井電機の再建を委ねた方が同行の負担が軽いとの判断を行い、本件債権放棄を行ったものである。したがって、本件債権放棄が善管注意義務・忠実義務に違反するか否か、特別背任行為に当たるか否かは、当該経営判断の前提となるべき事実の認識や意思決定の過程・内容等に照らして、個別に判断すべき性質のものであり、前記のような抽象的な主張のみをもって、これを違法であると断定することは到底許されないと言わなければならない。

また、被申立人(原告)は商法二九四条の二違反をいうが、本件債権放棄が三菱銀行の株主の権利の行使に関して財産上の利益を供与する行為にあたると認めるべき具体的な理由を何ら主張しない。

そうすると、被申立人(原告)の本訴請求は、十分な事実的・法律的な根拠を持った主張と解することはできず、独自の見解に基づき申立人(被告)らの責任を追及するものであって、請求原因の重要な部分に主張自体失当な点があり、主張を大幅に補充又は変更しない限り請求が認容される可能性が極めて低いものというほかはなく、被申立人(原告)の悪意を認めるべき場合にあたる。

三  さらに、一件記録によると、被申立人(原告)は現在二〇〇社以上の企業の株式を保有しているが、そのほとんどは株主総会の出席、訴訟の提起等のいわゆる共益権の行使に必要な最低単位である一〇〇〇株の保有にとどまっており、数多くの企業の株主総会に出席しては(一件記録に表れただけでも、昭和五九年から平成五年にかけての総会出席回数は合計二八回を数える)、質問・批判を繰返し、質問時間も長時間にわたることが多く、中には被申立人(原告)一人の質問時間が一時間半から二時間近くに及んだ総会もあることが認められる。質問・発言の内容も、放漫経営・業績低迷・長期経営体制に対する非難や、不祥事に関連した会社の経営批判を、具体的根拠に基づくことなく、一般的・抽象的に繰り返すことに終始し、議長・経営者に対する不穏当かつ挑発的な発言も多々見受けられる。また、被申立人(原告)は、種々の業界紙等を発行し、各企業から購読料名目で金員を受領していたことがあるほか、三菱銀行に対しても、東京銀行との合併に際し、時価よりかなり高い価格での株式買取りを請求したあと、一転してこれを取り消し本件代表訴訟を提起するに至ったものである。

右のような被申立人(原告)の行為は、これを総合的にみれば、職業的特殊株主(いわゆる総会屋)と共通の行動形態を示しているといわざるを得ないのであって、このことは、少なくとも、先に述べたとおり本訴請求が十分な事実的・法律的な根拠を伴わないこととあいまって、「悪意」の存在を強く推認させる要素となるものというべきである。

四  よって、被申立人(原告)の本件本案訴訟の提起は、「悪意ニ出タルモノ」というべきであるから、主文記載のとおり、担保の提供を命じるのが相当である。

(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 池田光宏 武笠圭志)

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